花火ノート

オタク女の独りアーカイブ

私の「神」は人間だったのだ。

twitterは俗に「バカ発見機」と呼ばれているが、オタクの人は「神冷めツール」として認識している人も多いと思う。ここでの「神」は好きなサークルさんの最上級のよび方。  

最近自分も神冷めしてしまった。以下自分の独りよがりな思い出語り。

 

 

 

 

 

私が神と出会ったのはもう15年以上前にさかのぼります。

 

当時の同人界にはまだネットのネの字もなく、同人誌の通販と言えば今は無き「ぱふ」などのオタク系情報誌の投稿欄でした。サークルの人たちはここに載せてもらい、読者は好みの同人誌を探すのです。人気サークルは表紙や本文の画像つきでしたが、それ以外のサークルの情報はジャンルごとに分けられ「サークル名 誌名 ○×△ ■■もあり 送料込700 住所~」とかそんなものでしたが、文字のみのページをガツガツと読んで購入していました。いい思い出です。神の本もその中にありました。文字のみのサークルの中でも、一部は編集部のおススメとして分けられており、そこで出会いました。美しい絵柄と画力なのに、もの凄いギャグ漫画でした。一度読んでからすっかり虜となり、新刊を楽しみにするようになりました。

 

神の本はいろんな情報誌に載るようになり、だんだん扱いも大きくなり大手サークルと肩を並べて画像つきで掲載されるようになりました。地方にお住まいだった神は東京に引っ越され、大型イベントやコミケにも参加されるようになり、人気サークルになりました。神は主にゲーム系で活動されています。移動先の作品が分からないときは、自分も同じゲームを買って遊びました。偏見を持っていた作品もありましたが、遊んだら面白かった。神のおかげです。

 

同人誌以外にもうひとつ、神を語る上で外せないものがあります。ペーパーです。今でこそ、ネットに地位を奪われ、あまり見かけることのなくなってしまったものですが、当時は絶大な力を発揮していました。サークルの最新情報を知るためには欠かせません。マニアもいたほどです。神のペーパーは通販情報はおまけなのか?というくらい読み物ページが充実していました。近況や、遊んだゲーム、旅行など。場合によってはページが増えることもあり、とにかく楽しかったものです。何度も何度も読みました。定期購読をしました。神はかなり早い時期からサイトを開設していました。日記とは別に食べ歩きのページがあったり、他の同人サイトとは一線を画していました。 日記はブログへと変わりました。手打ちで作られていた日記と違い、逐一更新しやすいブログのせいかペーパーの発行ペースがどんどん遅くなっていきました。ペーパーが読めないのは寂しかったものの、その分ブログがどんどん更新されるから良いかな、と思っていました。

 

神はtwitterを始められました。

 

神は専業だったので、寝ている時以外はとにかく呟くようになりました。ハスぺロなどの謎の言葉こそ使わないものの、それまで使わなかった顔文字や言葉を大量に使うようになりました。それまで神はとてもドライな方だと思っていました。ペーパーやサイトで媚びるような発言はせず、感想や拍手にレスすることもなかったからです(質問には答えていました)。イベントで大量の差し入れを貰っていても、「コミケお疲れ様でした。ありがとうございました。」のみでそれ以上の個別のお礼を書いたりしなかったのも印象的でした。私も何度も感想や差し入れを送りました。それは神の本が面白かったから。楽しかったから。twitterを始めてから神は本のあとがきで「感想を誰もくれない」と書くようになりました。神のtwitterをのぞくと、ファンの方から一言感想を貰い、顔文字乱舞で返信していました。私が今まで通販の時や、メールフォームから送っていたものは何だったのでしょうか。

 

そのうち、ブログが放置され始めました。イベントの予定もサイトの通販案内のところにかろうじて更新されるだけになりました。新刊の有無も分かりません。イベント参加について分からないことがあり、メールフォームから問い合わせました。いつまでたっても、返答がありません。ブログは放置のままです。仕方なくtwitterを見に行きました。出ていないな、とスクロールし続けると、焦った顔文字付きで「問い合わせがあったのでイベントのお知らせです~遅くなってすみません」と書かれたツイートがありました。何だか寂しくなりました。

 

 

ブログは撤去されました。サイトも放置状態で動きがあるのは通販のお知らせのみになりました。仕方がないので、ときどきtwitterを見るものの、第3者が見ても何も面白くありません。むなしい気持ちが残るだけです。そして、先日、神の身内の方がなくなりました。今年に入ってから、病状が思わしくないというのはtwitterで逐一ツイートされていたので知っていました。でもさすがに葬式や四十九日の実況はいりません。親戚の悪口も結構です。たくさんのリプを貰って、顔文字乱舞のツイートに長い間溜めていた熱が引いていくのを感じました。

 

 

ペーパー時代から個人情報に近いものは書かれていました。それでも、何でも垂れ流しではなかった。自分で何かを作るのが好きな神。無い本やグッズは自分で作って布教する!そんなパワフルなあなたが好きでした。わが道を突っ走って、頑張る姿が好きでした。でも誰かに構ってもらいたかったのですね。民草は気が付くことが出来ませんでした。朝から晩まで起きた時間や食べたもの、原稿の進行状況、家族や友人とのやり取り……すべてをツイートし続ける姿に恐怖さえ感じます。

 

唯一の救いは、新刊の発行ペースが落ちていないこと。本を開けば、神の世界が広がっていること。でも何だか今までのように笑い転げて読める自信がなくなってきました。

 

神は人間だったのですね。

 

 

 

 

 

 

 

気持ち悪い文章になってしまった。ペーパーもいま読み返してみると、自己顕示欲の塊ですさまじい。自分大好き感があふれてるんだけど、ちゃんと読み物になっていて、しかもとても面白くて何度も読み返してしまうくらいのアツさがあった。twitterはひたすら垂れ流すのみ。何にも考えないでそのまま。料理しないで皿に並べているだけというか……どうしてこうなったのだろうか。モヤモヤしていたけれど、書いたら少しスッキリした。